- Insight
個人化時代のキャリアパスを考える
会社はなぜ存在するのか?
ノーベル経済学者のロナルドコースは、その存在意義を、取引コストの最適化であると説明している。情報を「探索」するコスト、条件を定め「契約」を結ぶコスト、スムーズな協業に向けて「調整」するコストである。企業を維持するコストが、外部環境における取引コストを下回る限り、企業の規模は拡大可能とされている。
その前提条件が、大きく変わりつつある。源泉は、「テクノロジー」だ。
- Googleによって世界の情報はデジタル化され、探索コストは益々ゼロに近づいている。
- ブロックチェーン技術は、契約の自動化を可能にしつつある。
- 物理的な場所を問わない新たな働き方(SlackやWe Workなど)は、調整を遥かに容易にしている。
会社はなぜ存在するのか?
既に会社の存在意義は薄れつつある(と言っても言い過ぎではないだろう)。今後は、益々「個人化」が加速し、新たな働き方・経済の在り方が形作られていくはずだ。
大きな変化の途上を生きる我々は、どのようなキャリアパスを目指していけばよいのか。
個人化時代のキャリアパスについて、考察をしてみたい。
キャリアのゴールとは?
まず、キャリアについて考える盤面を示したい。個人の裁量×社会に対するインパクトの二軸である。
ここで言う右上、つまりは、「社会的に意義のある仕事を、自分が主体となって担っている状況」を、今回はゴールと定めたい。
伝統的なこの国のキャリアパスはどうなっているだろう。
単純化するならば、「ナローダウン型」と言えるのではないか。
社会的に力を持つ大企業に入社し、まずは下働きを始める。長い年月をかけて重層化された階層を一段一段、絞られながら上り、一部が右上にたどり着くキャリアパスである。社会全体として成長を続ける環境においては、合理的なモデルとも言える。
年功序列で一定の昇進は約束されているため、将来が予見しやすく安定している点はメリットだろう。一方で、時間はもちろん犠牲になる。
この時代、個で活躍できる層はまだかなり限定的で、社会的信用の観点からも、個の限界が存在していた。
冒頭で言及した通り、この状況に変化が訪れている。「個人化」だ。
テクノロジーは個に力を与えた。それに伴い、信用もついてきて、今やっと仕組みやルールも変わりつつある。
結果として、「個の限界」が破られつつある状況と言えるだろう。
市場のルールは変わった。その中で我々はどのようなキャリア選択の道筋があるか。
個の意志を核とした、三つのキャリアパスが見えてくる。
個が中心となるキャリアパス
一つ目のパターンが、「ホッケースティック型」だ。
個人、もしくは小規模のグループが、アイディアや、技術を基に、小さく事業を起こす。将来の価値を示しながら外部からの投資を受け入れ、短期間で大きな社会的影響力を持つ存在に躍り出るキャリアパスである。いわゆる学生起業家などは、その代表例の一つだろう。
特に現在では、AIやバイオなど、先端テックにおける若手研究者がこのキャリアを選択するケースも増えている。売り手市場は継続しており、チャンスは広がっている。
このキャリアパスのメリットは、自由であり、刺激的であり、短期間で大きく世界を変える可能性を秘めている点にある。その一方、もちろん失敗(失敗とみなすかどうかは姿勢次第でもあるが)のリスクは常にあるし、大きなプレッシャーとも戦わなくてはならない。
二つ目は、「スパイラルアップ型」である。
これは、ストレッチ型と読み替えても良いかもしれない。
若いうちから大きな裁量が得られ、かつ今後の急速な発展が期待できる組織に入り、自分の可能性にチャレンジする。常にストレッチを求められる環境に身を置きながら、短サイクルで身の置き場を変えていくキャリアパスである。
伸びしろの大きいスタートアップ、実力主義のグローバルカンパニー、などがその選択肢になるだろう。
圧倒的な成長スピードが大きな利点である。経営感覚を早い段階から身に着けることも可能となる。一方で、当然ながら競争は極めて激しく、ハードワークになる。能力もそうだが、走り続ける覚悟が必要となる。
最後が、「N型」である。
N型は、現時点で大手リーディングカンパニーで活躍している人たちが取りうるキャリアパスでもある。まずはリーディングカンパニーで大きな仕事を経験し、自分の強み・ネットワークを構築する。その後、培った資産を基に、個としてのチャレンジをしていく。
重要な点は、大手で経験を積む期間においても、受け身ではいけない、という点であろう。社外の人間とのコミュニケーションを定期的に行い、看板を外した自分に何ができるかを、考え続ける必要がある。
一度大きな看板の下で仕事をすることで、ベーススキルの獲得や、優秀な人材との交流機会が確保できる点は魅力だ。一方で、時間はネックになりうる。積極的に自ら行動しないと、非効率な下働きで数年を無駄にするリスクもある。
三つのキャリアパスを考察してきたが、すべてに共通する点は、「主体性」にあるだろう。個人化時代を生き抜くためには、受け身のキャリア選択では難しい。
与えられた仕事を完璧にこなすことはもちろん前提だが、自分のキャリアは自分の目的意識のもと選び取っていかなくてはならないと考える。
好奇心で人生をドライブする
キャリアで成功している人物に共通するマインドセットとはなんだろうか。端的には、「責任感」と「好奇心」にあるように思う。そしてその両者のバランスも重要な点であろう。
あるレベルまでは、責任感が主でも成立する。自分で選び取らずとも、目の前の仕事に全力で取り組み、最後まで逃げずにやり遂げれば、評価はされるし、信頼もされる。
ただ、その責任感を主とした働き方は、どこかで無理が生じてくるように思う。やらされ感につながると、心はどんどん疲弊してしまう。
ある段階からは、「好奇心」を主としてキャリア・人生をドライブしていく必要があるだろう。
今世の中で活躍している人たちは、すべからく好奇心・熱意を持っているように思う。
個人化の流れは今後も加速していくと予見される。個と個、さらには個と既存の大企業が協働するための市場が今後急速に大きくなっていくだろう。
すでに環境を整えるためのコラボレーションのツール(前述のSlackやオフィスとしてのWe Work)や、マッチングのサービス(ランサーズやクラウドワークス)はその存在感が高まっている。
今後は益々社内と社外の垣根は低くなるし、個であることの限界はなくなっていく。
dots.andとしては、新たな働き方の共同体「Commons」を立ち上げ、このトレンドの一翼を担っていきたい。
自分が夢中になれるものを探すのは難しい。答えを見つけるには、行動範囲と思考量に尽きるのだと思っている。
動けば視野は広がり、その上で考えれば視座は高まる。
個人化する時代のキャリア選択においては、個人としての意志を軸に据え、主体的に「夢中になれること」を探しにいく姿勢が最も重要なのではないだろうか。