サムネイル: 【大企業×新規事業の難しさ⑧】2つの目線のバランス

  • Insight

【大企業×新規事業の難しさ⑧】2つの目線のバランス

今日のお話は、我々も日々悩むポイントの1つなのですが…
既存事業を上手に運営する・改善するという取り組みと、新しい事業を生み出すという取り組みには、本質的に大きな違いがあるものです。
スタートアップ企業の場合には、「既存のもの」がないだけ全てをその新しい事業づくりに集中していくことができるわけですが、大企業における新規事業開発の場合においては、この既存事業を前提とした部分と新しい事業に向き合う部分の両側面がある分だけ、スタートアップとは違う難しさがあると言えます。
(スタートアップより難しい、というわけではなく、難しさ・課題の質が違うということです。)

この、既存事業に慣れた人材・既存事業的なガバナンスの中で、新しい事業を作り出すという営みは、極めて難しいバランスを要求されるものだなとつくづく感じます。

例えば、新規事業開発の際によく行う活動の1つとして、ここでは「市場調査」を取り上げてみましょう。

既存事業の場合、質問を受けるユーザーには既に商品やサービスのイメージがあります。
従って、設問の理解度も上がり、アンケート結果の精度も高くなります。また、歴史のあるビジネスほど、過去の顧客アンケートの結果と売上動向の関係を知っていたりもします。このような知見の組み合わせから、アンケートをとることで「これは売れそうだ」とか「これは売れそうにない」という感覚を、数値的な判断根拠に落とし込むことができます。
この数値的な根拠は、多くの場合には組織(企業)の意思決定に陰に陽に根付いており、数値的に評価(証明)できない案件は取り組みが前に進まない、というケースもあります。

一方で、新規事業の場合は様相が異なります。
例えば、これまで市場には全くなかったような新規ビジネスを扱うような場合、「こんな感じのサービスどうですか?」とどんなに伝えても、ユーザーにはそのサービスのイメージや価値、体験、良さが理解されにくいものです。
だからこそモックアップなどを用いたり、β版でPoCをやったりと、イメージしやすい形での検証を行うわけですが……これには準備にも実施にも、時間とお金がかかります。
従って、初期的な段階では、例えばチームで持っている顧客課題の仮説を検証するようなアンケートやインタビューを行います。これだけでは売れるか売れないかを数値的に判断することはできませんが、少なくとも「このビジネスには目がありそうだ」ということは検証できる=ビジネスの「確度」を高めることができます。

ここで、よくある問題が発生します。
この新規事業案件で取ったアンケートやインタビューは、この新規事業が成功することを証明するものではありません。ただ、「この事業は成功すると思う」というチームの考えを補強するだけでしかないのです。
しかし、既存事業に慣れているマネジメントは「数値的に証明できないものにGOサインは出せない」という暗黙の、思考の癖のようなものを持っているケースがあります。
すると、現場は「きっとうまくいく」、マネジメントは「数字で証明できていない」という問答の末、現場はマネジメントが満足するまで、手を変え品を変えアンケートを取り続ける(そして「進んでない」と怒られる)ような事態に発展しかねません。

本来このケースでは、「(確度をどれだけ高めることができても)証明されることはない」という新規事業開発の基本的なスタンスに立って、
「今のリソースでできる検証があらかた終わったら次のステップ(投資)に進む」という判断をしなければならないのでしょう。
まさにこの時、「既存事業で培った考え方」と「新規事業を考える時の向き合い方」のスイッチの切り替えが求められているのです。

あたかも分かったように書いていますが、これは、我々もまた苦労し、試行錯誤しているポイントです。
何故なら、上記の事例にも当てはまるのですが、「無意識的な振る舞い」にこそ、このような落とし穴が潜んでいるからです。
実は、「新規事業の検討だからこうしよう…」と心がけていることは、意外とそのようにできます。
しかし、これまでの既存事業での成功事例から身についた「(自分なりの)ビジネスの成功パターン」を持つほど、気づかないままに新規事業開発に向かない振る舞い方をしてしまいます。

かといって、振り切ってスタートアップのように振る舞うことが許されるか?というと、そうはいきません。
そこには、会社の(株主や社会への)説明責任と、これを完遂するためのガバナンスがあるためです。
マネジメントは、株主や社会に対しては説明可能なように振る舞いつつ、ビジネスの投資判断にあたっては「(既存事業とは異なる)新規事業として」振る舞わないといけません。
また、現場のメンバーは、既存事業の時の癖を意図的に排除しながら新規事業の組み立てを進めつつ、社内的には「そのガバナンスに合うように」振る舞わないといけないわけです。

このバランスを1人の人でできることは理想的ではありますが、個人の才覚によるところもあり、そのような人材をすぐに調達することは難しい部分もあるでしょう。
現実的には、会社やチームの中における役割分担……会社の中で事業を進める(例えば、会議で上層部の承認を得たりする)目線を持つ人と、新規事業開発の視点から推進的な目線を持つ人を配置し、彼らのコラボレーションが上手くいくようにチームを守り育てていくことが必要になります。
「新規事業開発の視点を持つ人」は、極端に言えば社外からスタートアップ経験者を招聘する形でも良いと思います。

我々は、と言えば……大企業でのお仕事をした経験、新規事業開発に取り組んできた経験と、クライアントから見ると外部のコンサルタントという立場を活かし、
この二つの視点のバランサーとなって、その時々でガバナンスへの適用とビジネスの推進を担うことも、大事な仕事だと思っています。