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【大企業×新規事業の難しさ⑩】数字の「精度」とビジネスの「確度」

コンサルタントとして新規事業開発に関わる限り、数字を扱わないことはまずありません。
特に、大企業の方々とお仕事をさせて頂く場合には、ほぼ間違いなく、収支の試算やシミュレーションを行うことになります。

弊社には、大手ファームでのコンサルタントとして働いていたメンバーも多く、このように、様々なデータに基づいてビジネスケースを引くような作業は得意としています。
そしてたびたびこのような作業を行いながら、例えば中期経営計画をつくる、或いは、既存の事業の将来の見立てやシミュレーションを行うことと、新規事業に関連する数字を扱う時では、大きな違いがあると感じるようになりました。

その一番の違いは、中計や既存事業に関連する数字には、それが正しく納得できるような「精度」が求められる一方、
新規事業に関する数字において本当に大事なのは、ビジネスが成功しそうかどうかの「確度」である、ということです。
この違いは、意外とごちゃまぜになっている方も多いように感じます。

我々なりにその理由を考察してみます。

まず、今の経営状況や既存の事業については、ある程度ベースとなる数字があり、数字の変数となるドライバーも見えていることが多いです。
従って、考慮すべき要素をきちんと洗い出して数字として織り込んでいけば、納得感の高い・誰もが納得できる数字になっていきます。従って、要素を細かく足し算していけばどこまでも精緻にできる中で、作業工数や時間との兼ね合いも見ながら、どこまでの要素を足し込めば十分に正しそうな(=「精度」のある)予測になるかを考えて作業をします。
(細かい話をすれば、気候変動による需要予測や、新商品の売れ行きなど、試算時点では読み切れない要素もあります。こういった要素は、足し算ではなく、シナリオを分岐させて、複数のシナリオとしてシミュレーションに織り込んでいくことになります。)
この数字は、みんなの納得感が大事であり、この数字を共通認識の素地として、会社や組織の活動を考え、実行していくことになります。


一方で、新規事業に関連する数字は、あまり土台になる数字はありません。
市場規模のサイズ、伸び、競合他社や海外の価格動向……様々な一次資料に値するような数字はありますが、この数字を組み合わせたところで、将来この事業がどのような売上・利益になるかを“正しく”予測していくことは不可能です。
そこで重要になるのは、数字が細かく精緻で「正しそう」であるよりも、不確実性を前提としながらも「ビジネスとして上手くいきそうか?進めていいか?」を判断できることなのではないかと思います。
そして、このような指標を、我々は「確度」として捉えています。

では、数字(シミュレーション)を通じて確度を測るポイントはどこにあるでしょうか。
我々としては3つくらいのポイントがあるとみています。

1つは、きちんと数字を弾くことで、売上と費用(原価・限界費用・固定費…)の関係性が詳らかになることで、収益性があるのかどうか、或いは、損益分岐点がどのくらいにあるのか(そしてそれは現実的に可能な売上規模なのか)といったことは想定ができます。
特に、売上の整理は皆さんよく力を入れて実施されるのですが、意外とおざなりになりがちなのが費用面の分解です。しかし、その売上をつくるのにどれくらいの営業コストがかかるのか、売上1単位あたりの限界費用・限界利益はどれくらいなのか、それを支えるオペレーションモデルは実現可能な想定なのか、といった要素はある程度見ておかなければなりません。
ここを見間違うと、売れているのにいつまでも利益が全然出ない、というビジネスになりかねないからです。

2つめには、シミュレーションを作成する中で、実際にこのビジネスが到達しうる売上の上限、すなわちビジネスのサイズ感が見えてきます。その時に、会社として目標の売上に届くのかどうか、届くにはどのくらいのシェアを取る必要があるのかどうか、そしてそれは現実的なのか、といったことが見えてきます。

3つめには、ビジネスの変数を俯瞰して見ることで、このビジネスにおいて収支上重要なパラメータが何なのかが見えてきます。例えば事業モデルによって、ARPUが大事な例、新規顧客の獲得が大事な例、リテンション率が大事な例…様々なケースがあるはずです。費用に関しても、どこの費用をコントロールすることが収益インパクトが高いのか、といった要素は質の高いシミュレーションの中で見極めることが可能です。
これがわかれば、我々のビジネスが勝ち筋や競争優位を作り出すことができるのか(あるいはできないのか)が見えてくるでしょう。
例えば、知名度・顧客開拓力が圧倒的にものを言うビジネスだということがわかってきた中で、先行する大資本の大手がいるとしたら、これにどう勝つのか(勝てないとしたらそれでもこのビジネスをやるべきなのか)を考えないといけません。

そしてこれらの数字は、数値のインプットを足し算でどこまで増やしていっても、「確度」を高めるには限界があるというのが次のポイントです。
何故なら最後には、システム要件を定めた上での費用見積もりの導出や、顧客検証を踏まえた顧客の受容性や受容する価格など、この確度を高める最も重要なパーツは、
検討を進めることで、「ビジネスの解像度を上げる」ことと、「そのビジネス固有のインプットを投入すること」に依存してしまうからです。
ここが、最初から精度を高めることに集中できる既存事業との違いです。

ですから、最初から無理やり数字の精度を高めることは、実はあまり効果的ではありません。
そのときのビジネスの解像度に合わせてわかる範囲の数字でビジネスの確度を検証できれば十分です。
初期的な段階においては、TAM/SAM/SOMのような、極めて概算レベルでビジネスの規模を見積もってみることからスタートしてもいいと思います。
そして、いけると判断したら、更に次の検討を進め、ビジネスの解像度を高め、その解像度での確度の検証を進めていく。
このようなやり方がベストなのではないかと考えます。


まとめましょう。
既存事業の数字は、これまでの事業の実績があるので積み上げで精度を高めることができます。
しかし、新規事業の数字の場合、それが難しい。
従って今わかっている数字の中でシミュレーションを行い、「いけるビジネスかどうか?(=ビジネスの確度)」を高めることしかできません。
仮定に仮定を重ねてシミュレーションを精緻化しても、そのビジネスが成功するかどうかの「確度」は高まりません。
むしろ今明らかになっている前提の中で「これはいけそうだ」という数字であれば、更に検討を進め、ビジネスをより具体化していくべきです。
その具体的なビジネスの形が、更なるインプットとなって、さらにビジネスの確度を検証していく。
このサイクルこそが、新規事業における数字を扱うポイントだと思います。