サムネイル: 大企業の「組織」の生態と新規事業開発のためのガバナンス

  • Insight

大企業の「組織」の生態と新規事業開発のためのガバナンス

「大企業が新規事業を生み出すことが難しい原因の1つに、ガバナンスや組織風土の問題がある」というのは、昨今の多くの著書でも指摘されており、弊社としても相談内容によっては、新規事業部門へのガバナンスに関するアドバイスやサポートもさせて頂いております。

ただ、正直、ガバナンスの「仕組み」を変えただけではうまくいきません。
既存の組織ガバナンスについて正しい問題意識を持つことが極めて重要であり、その改善のためにガバナンスという仕組みを使いこなすことが必要です。

そこで、組織研究の観点から面白い示唆のある本がありましたのでご紹介したいと思います。
「この会社で新規事業を起こすなんて無理!」と感じている方には、きっと共感できる部分があると思います。


90年代末に小渕内閣・森内閣で経済企画庁長官を務めた故・堺屋太一氏の著書に、『組織の盛衰 何が企業の命運を決めるのか(PHP文庫)』という本があります。
初版は約30年前(1993年)に発行され、現在電子書籍版で読むことができるのは1996年の第一版第二刷になります。

この本の初版に寄せられた前書きにはこのように書いてあります。
「私の組織論の研究は、断続的ではあったが既に二十年を超えた。その間に社会も技術も、世界も経済も、様々に変わった。ただ日本の組織だけは基本的に変わっていない。むしろ「戦後」という特殊な時代にますます過剰に適応しているように見える。冷戦構造と高度成長という環境の中で、あまりにも多くの成功体験を積み上げて来たからである。
時代が継続し環境が不変なら、組織の問題は実務の範囲で処理できる。しかし、世界構造が変わり、歴史の発展段階が転換しようとする今は、これまでの経験と経緯を離れた観察と思考が必要だ。その意味でも、今は組織論的考察と、それに基づく組織の見直しが避け難い時である。」
30年前の指摘ですが、多くの企業において、この指摘は未だに当てはまるのではないでしょうか。

そして、第4章で「組織の『死に至る病』」と題して、大規模組織が滅ぶ原因を、「機能体の共同体化」「環境への過剰適応」「成功体験への埋没」の3つに特定しています。

まず指摘された「機能体の共同体化」とは、組織の本来の目的(企業で言えば利益)を忘れメンバーの居心地を優先してしまうこと。そのために内部の競争を避けた年功序列人事、その影響としての不適材不適所人事、特定部門の人々の不満を避けるためのリソース(予算・人員)配分の固定化と総花主義の跋扈が起きると喝破しています。
「組織のため」という言葉が「利益のため」という言葉よりも重くなった時、「会社の都合」が「ビジネスの都合」よりも重視される時、その状態はまっさらなキャンバスに最適なビジネスを描く上で桎梏となってくるはずです。

「環境への過剰適応」という点では、映画産業のテレビ進出失敗、百貨店のスーパー展開の失敗などを見ながら、こう指摘します。
「一つの環境に適応した組織は、容易に他の環境に対応できない。環境変化に適応するためには、いったん従来の環境に適応した組織の体質や気質を破壊しなければならない。それには当然、組織内の権限問題や蓄積技術の利用願望からの反対がある。現にうまくいっているものを破壊する恐怖感からも、漠然たる不安からも、抵抗感は強い。」
権限・蓄積技術の利用願望・恐怖や漠然とした不安、どれも、新しい領域に新しいチャレンジをするときのブレーキとなるものに違いありません。

3つめは「成功体験への埋没」です。過去の成功体験に引っ張られて新しいことができなくなる、と言えばイメージしやすいかもしれません。
特にこの本では、組織においてはこの傾向が強くなる、と指摘しています。
それは、過去の成功者が主流派・上層部になり現在の権力と未来の出世可能性を独占し、組織内で出世したい優秀で野心的な人材が成功体験分野に加わる、主流派に気に入られるために管理部門も成功体験分野を優遇するという現象が起きることが原因です。更に、このような成功体験を持つ者が置いた「仮定」が、組織の中で承認されると「前提」となり、その前提に基づいて次の仮定を立て始めてしまう、という組織の思考自体に及ぼす影響も考察しています。
全く違う外的環境・フィールド・ビジネスにおいて、過去の成功体験に基づく検討や意思決定が正しいかどうかは保証されなくなっていきます。過去の成功体験と現在地の距離が遠くなれば遠くなるほど、その意思決定が正しい確率は、下がっていくのではないでしょうか。


過去に成功を積み重ねてきたからこそ、新しいチャレンジは難しい。
それには、いかんともしがたい「組織」というもの自体の生態が関係しているように思われます。
だからこそ、今の「組織」を与件としてもなお、新しいチャレンジに踏み出すことが可能な、ガバナンスの工夫が必要だと言えます。