サムネイル: リモートワークとイノベーション

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リモートワークとイノベーション

3週間ほど前、イーロン・マスク氏がTwitterを買収した後、
リモートワークの終了とオフィスへの回帰を求めたというニュースが話題となりました。

Covid-19の蔓延以降、急速に進んだリモートワークの流れですが、
世界がwithコロナに向かって進み始めた今年、リモートワークをどのように継続するか(或いはしないか)の判断は、会社によって大きく分かれました。

毎朝ギュウギュウの通勤電車に乗って会社に行く必要がなくなった私としては、
リモートワークが続くと嬉しいな、と個人的に思ったりもするのですが、果たしてこのリモートという働き方は企業のイノベーション活動にどのような影響を及ぼしているのでしょうか。

この問いは様々な論考がなされている最中ではありますが、リモートワークに否定的な方向で、興味深い示唆を出す2つのレポートがあります。

1つはオックスフォード大学のカール・フレイ博士のレポート。博士はアメリカの労働人口の実に47%が20年以内に機械で代替可能だという推計を出したことで日本でも有名になりました。
彼は、科学の世界において、地理的に離れた人々による協業は成果を挙げやすいのか否かを研究しました。
その結果、
2010年頃までは、空間的に離れていないチームの研究効率が高かったのですが、
2010年以降は、(トータルで見ると)空間的に離れていても集合知(collective brain)を拡張したほうが良いという結果が出ました。
その背景として、zoom、google drive、slackなどのデジタルインフラの登場を挙げています。
従って、オンラインのコラボレーションによって創造的な営みを進めるコストは確実に下がっており、今となってはリモートであっても必要な知識・知見は巻き込んだ方がよいと言えそうです。

しかし一方で、気になる指摘もあります。
「デジタルテクノロジーによるコミュニケーションはあくまで一方の当事者に企図されたものでしかなく、イノベーションにおいて重要な「散発的な出逢い」が起こらない」
“For example, as Glaeser (1998) pointed out, digital technologies still only allow for interactions that are planned on at least one end. This means that sporadic encounters, which are highly important for innovation (Andrews 2019), simply do not happen in the virtual world.”
この指摘の含意を考えると、筋道に従って事前に計画を立てたコミュニケーションが意味を持つ領域においてはデジタルコミュニケーションが役に立つが、その一方で、コミュニケーション上の「計画外」のことを排除してしまうという弱点は、いまだに改善されていないのではないかと思います。
これは私も参加しているzoom等の会議における体感――極めてよくオーガナイズされ、アジェンダ外のコミュニケーションが発生しにくい――とも合致しています。
そして、特に新規事業を考える初期的な段階において、コミュニケーションが事前の企図に沿って行われることは、多角的・批判的・探索的な議論の余地を大きく狭めてしまうのではないかと考えられます。
https://cepr.org/voxeu/columns/disrupting-science-how-remote-collaboration-impacts-innovation

よりビジネスの視点で出されたサーベイとしては、マイクロソフトにおける従業員への調査があります。
これは2020年3月にリモートワークを始めてから、6万人超のマイクロソフト社員の働き方がどのように変化したのかを調査したものです。
その結果として、
■社内の非公式な人々の結びつきが弱まった。特に、元から近い立場の人との情報交換に割く時間が増えて、新しい情報と接するきっかけとなる遠い立場(つながりの弱い人)とのコミュニケーションが減少した。
■全社内での領域横断的なコミュニケーションが減り、チームのサイロ化が進んだ。
■会議・会話などの”同期的な(synchronous)”コミュニケーションが減少し、非同期的なメールやインスタントメッセージが増えた。結果として、複雑な情報の伝達や収束させることが難しくなった
(背景には、「複雑な情報を伝えるには情報量の多いメディアを使うべき」というメディアリッチネス理論と、「情報の伝達は非同期メディアでも可能だが、議論の収束には同期的なメディアの方が効果的」とするメディアシンクロニシティ理論という考えがある。)
といった状況が指摘されました。
(https://www.nature.com/articles/s41562-021-01196-4)

このような状況は、恐らく、オペレーションエクセレンスが高く、各従業員が何をすべきかを明確に切り分け理解できている状況においては、特に問題にならないでしょう。
しかし、複雑性や曖昧さが高い状況の議論においては、このようなリモートワークの弱点が大きな課題としてクローズアップされるのではないかと思います。

リモートワーク自体は、例えば通勤の負荷を下げ、生活の自由度を高め、場合によっては生産性を高め、様々な良い側面をもたらしていることを否定するものではありません。
しかし、リモートワークにも課題があり、適した仕事、適さない仕事がある、というのは否定しきれないことのようです。
そして、「新規事業をつくる」という営みが、常に計画性に従うとは限らないものであり、様々な人や知見との(偶発的な)出逢い、コラボレーションを経て磨き上げられていくものだとすると、それはリモートワークが苦手とするコミュニケーションによって支えられている部分であると言えます。

もしも今、リモートという働き方が、極めて合理的で効率的で、しかしなかなかイノベーションが深まらないと感じているなら、働き方そのものの調整が実は突破口になるのかもしれません。